jam-packed
- ・・・2・・・
殴られる! っと思った瞬間。
「どうした、越前?」
「乾センパイ・・・」
やはりというか、なんと言うか。
とうとう乾センパイに見つかってしまったのである。
俺も驚いたけどオッサンはもっとビックリしたのか、俺よりも(勿論オッサンよりも)背の高い男の突然の出現に、オッサンは思わず俺を掴んでいた手を離した。
電車はいつの間にか次の駅に着いていて、しかも俺とオッサンがいる側のドアが開いている。で、乾センパイはその開いたドアのホームに立っていた。
それにしてもこのオッサン、駅に着いたんだったらさっさと降りればいいのに。
周りは分からなくても自分がしでかした事だから、悪いのは自分だとオッサンは分かっている(ハズ)。
どう考えたってオッサンが今逃げれば勝ちだった。被害者の俺が、事を荒立てたくなかったんだから。
俺がこんなオッサンに負けるのは凄く腹がたつんだけど、でもそうすれば、俺がセンパイに見つからなかったはずなのに。
まったく、どうしてくれんのさ。
「なんでもないッス」
「そうなのか?」
俺はなるべく何ともないフリで答えた。でも、センパイは訝しげな声で聞き返してくる。
あ〜もぅ、完璧バレてるよ。
そうこうしている間に、電車の発車を知らせる放送が響く。
オッサンが車両から降りる気配はない。
まぁ、ドアの前にセンパイが通せんぼする形で立ってるんだから仕方ないかもしれないけど。
だからと言うわけではないが、俺はもうこの電車・・・というよりこのオッサンと同じ車内にいるのが嫌で、さっさとホームに降りた。
・・・・・・内心、スッゲームカついてるんだけどさ。
で、オッサンはそのまま行ってしまえば済むことなのに(多少他人の目が痛くてもウヤムヤになるし)、あろうことか
「ソイツがそういってるんだ! 俺は何もしていない!! 大体何なんだ、お前は!」
と大音声で言い放って下さった。
アッタマイタイな、もぅ。言い返すのもバカらしい。
怒鳴り散らすオッサンをよそに、プシューという音を立てて電車のドアが閉まる。
ほとんど閉まりかけた時、俺はやっぱり我慢ならなくなって、オッサンに一言だけ言ってやろうと思ったら
「痴漢は犯罪ですよ」
乾センパイがあの低い、抑揚のない声で、けれどもハッキリ周りの人に聞こえるように言った。
瞬間、オッサンの周りの人がザッと身を引く。
声だけでセンパイの感情を見分けるのは難しい。聞く人が聞けば怒っているようにも聞こえるし、そうでないようにも思える。
(乾汁を他人に飲ませようとしているときの声はすぐわかるけど。なんか凄く嬉しそうなんだよな)
この時オッサンは、脅されているように感じたのだろう。少し出っ張ったお腹の肉が震えるほどビクッと体を揺らし、そこで我に返ったのか、周りを見渡して顔を『サ〜』っと血の気が引く音が聞こえそうなほど真っ青になった。
けれど電車を降りようにも、既にドアは閉まっている。
結局オッサンは、次の駅まで周囲の冷たい視線という精神的な罰を受けながら辛抱するしかなくなった。
(ザマーミロ!)
それを見て、俺はちょっとだけ気分がスッとした。
センパイにバレちゃったのはもう仕方ないとして、オッサンに一泡吹かせてやったのが気持ちいい。
・・・本当は俺があの一言を言いたかったんだけど。とりあえずはお礼を言うべきか?
俺の真横に立つ、この背の高い人を見上げるのは結構苦痛だったりする。身体的にも、精神的にも。
でもだからと言って顔を見てお礼を言わないというのも変だろう。
俺はぐっと顔を上げ、相変わらずメガネで瞳の見えないセンパイの目を見て、呼んだ。
「センパイ」
「余計なお世話だったかな?」
メガネのせいでセンパイの表情は分からないが、口元が何となく笑っているようにも思える。
雰囲気は先程と違って柔らかいモノになっているから・・・やっぱり笑っているのかな。
「スッとしたっす」
「そうか、ならヨカッタ。越前の体を触った罰としては甘すぎるとは思ったんだが、あまり大事にしたくないようだったからね」
「・・・どのへんから見てたんですか」
「最初から。越前が電車に乗ったときから見ていたよ」
「声ぐらいかけてくれればいいのに」
「満員電車だったからね。でも」
センパイはスッと身をかがめて俺に目線を合わせた。
おでこがくっつきそうなぐらいの至近距離にセンパイの顔があるから、いつもは反射しているメガネのせいで見えないセンパイの瞳を見ることができる。
切れ長の二重に、こげ茶色の瞳。あ、意外にまつげが長いんだ。
ひょっとして乾センパイ、顔がメガネで隠れてしまうのがもったいないくらい、カッコいいんじゃ・・・。
「俺が越前を見逃すはず、ないだろう?」
「ヘ? どういう意味ッスか、ソレ」
ポケーっとセンパイの顔を見ていたら、どんどんと近づいてきて。
気が付けば、俺の唇は乾センパイのソレで塞がれていた。