jam-packed

・・・1・・・

ガタゴトと揺れる満員の車内で、俺は揉みくちゃにされながらなんとか隅へとたどり着き、
やっとの思いでドア横の手すりに掴まっていた。
だからイヤなんだ。満員電車に乗るのは。

何気なく目線を上げてみれば、良く見知った顔がもう一つ先のドアの横。ちょうど俺とは向き合う形で立っていた。

・・・乾センパイだ。街中でも滅多に会わないのに。珍しい。

センパイは高すぎる身長のせいで、ちょっと屈んで窓の外の流れる景色を見ている。
いや。見ているんだと・・・思う。妙に反射するメガネのせいで、どこに視線が行っているのか分からないんだよ、アノ人の場合。
ま、俺には関係ないけどね。

しばらくセンパイを眺めていたら、反対側のドアから更に人がドドッと流れ込んできて、目の前にいかにもサラリーマンっぽい中年のオッサンが立った。おかげで俺の視界は遮られたけど。ま、いっか。
向こうは俺に気がついてたわけじゃなさそうだし。
それに別に挨拶するわけじゃないしね(この込みまくった電車の中を移動できる人がいたらお目にかかりたいよ)。

それにしても痛いほどギュウギュウ詰めなんだけど、ここの車両。
それと邪魔なんだよな、この目の前のオッサン。
なんでそんなにギュウギュウ押して来るんだよ! 背中の方に、まだ余裕があるじゃん!
ベッタリくっつかれるのもイヤなんだけど、目の前がちょうどオッサンの口元あたりくるのが凄くイヤ。
だから俺は、すし詰めの中を何とか体をひねって、オッサンに背を向けた。
これでオッサンの臭い息を嗅ぐこともないだろうと、気を抜いていたら――。
まさか、痴漢・・・なわけないよな? なんとなく後ろのオッサンの手が、妙な感じの位置にあるんだよ。
思い過ごし。そうだ、思い過ごしのハズ・・・。

だがしかし。無理やりそう思い込もうとしてやっている俺の努力も空しく、あろうことかオッサンの手が、スススっと俺の尻の方に移動してきた。


・・・・・・あ〜、情けない。
なんで男の俺がこんなメに遭わなきゃいけないんだか。
いいよな〜、乾センパイみたいに背が高い人はこんな揉みくちゃにされることもないんだろうし。
しかも、痴漢に合うなんてこともないんだろ?

いっくら俺が(不本意ながら)背が低いとはいえ、格好だって別に女っぽい服を着てるわけじゃないのに痴漢に会わなきゃいけないんだか。
・・・なんか考え出したらムカムカしてきた(怒)
でもここで声を出すのもちょっと情けないよな〜。男のくせに、痴漢に遭ってました〜って公言するようなもんだし。
それにセンパイに俺が”痴漢にあっていた”なんて知られるのも、ちょっとイヤ。ううん。かなり嫌。
乾センパイが他の人に言いふらすわけないとは思うんだけど、なんか妙なデータを取られる事になるし。
でも体を反らそうとしてもこれ以上動けないし。勿論、腕だって動かす隙間はない。
そんなことをウンウン考えてたら、オッサンの手がモゾモゾと動き出して・・・えぇい、もう我慢できない! 人の目なんて知るか!

「You filthy basterd !(このスケべ野郎!)」

我慢できなくなった俺は、結構大きな声で怒鳴ってやった。
ただし英語で。オヤジに意味がわかったとも思えないけど、とっさに出ちゃったのは仕方ない。
けど、ひょっとしたら英語なら乾センパイも俺だと気付かないかもしれないし。
結構大きな声出しちゃったから、センパイに声を聞かれるのは仕方ないとしても、満員電車のおかげ(?)で俺の姿は見えないからさ。
ほら、発音の仕方が日本語の時とちょっと違うから、何となく声も違ったように聞こえるかもしれないじゃん?
(・・・誰に言い訳してんだ、俺・・・)


俺に怒鳴られたオヤジは、一瞬何を言われたのかわかっていないようだったが(やっぱりね)、何となくニュアンスは分かったのだろう。
(だって、アノ状況で怒鳴られるとしたら、意味は大概一つだろ?)

「なんだと、このガキ!!」

このガキって・・・アンタさぁ。
自分がその『ガキ』にナニやってたのか、ここでハッキリ言えるもんなら言ってもらいたいね。
でもその場合、俺がちょっと嫌な思いしなきゃだけど。
あ〜、面倒くさい。

黙ったまま今もギャーギャーと騒ぎ立てるオッサンを睨みつけていたら、俺が何も言わないことをいいことに、このオッサンはあろうことか俺を非難し始めた。

「俺は何もやっていないのに、いきなり俺に向かって大声を上げるなんて! まるで何かしたみたいじゃないか!」

「したみたい・・・じゃなくて思いっきりしてただろ!」

あ、思わず日本語で言い返しちゃったよ。まずいな。センパイにバレちゃったかな? センパイの方の様子を伺おうにも、人が多すぎて全く見えない。

俺が違うところを見ていたことが気に入らなかったのか、更に逆ギレしたオッサンは顔を真っ赤にして、いきなり俺の胸元を掴み上げた。

「こっの・・・!」

殴られる! っと思った瞬間。


「どうした、越前?」

「乾センパイ・・・」

やはりというか、なんと言うか。
とうとう乾センパイに見つかってしまったのである。





TO BE CONTINUED

※ウィンドウはお手数ですが手動で閉じて下さい。