恋の勝者

  • ver.R

最初に会ったときは、単に強そうだから興味を持った。
次に会った時は、俺でも勝てない人との接戦を演じているアンタから目が離せなくなった。

これは恋なんかじゃない。
単に強い者と戦いたいという欲求なだけ。
だからこの気持ちは、アンタが思ってるようなもんじゃないんだよ。





氷帝との試合が終わった翌日。
次の立海大戦へ向けてのハードな練習を終え、早く帰ろうとするリョーマを待ち構えていたのは、つい昨日見たばかりの顔だった。

「よう」

「あ・・・お山の大将・・・」

「違う! 跡部景吾だ!!」

校門に寄りかかり、ひょいと片手を挙げた跡部に対しリョーマの口から出た言葉は、思わず挙げた手で握りこぶしを作ってしまう程、跡部の気に入らない呼び名だった。
だがリョーマは、全く気にしていない様子で不機嫌そうな顔をしている。

「で、その跡部さんが何か用? 俺、疲れたから早く帰りたいんだけど」

学校は違えども、年上に対して生意気な態度を取るリョーマを跡部は全く気にかけず、逆にニヤリと笑った。

「それじゃぁ単刀直入に言おう。越前リョーマ」

そしてツカツカと歩み寄ると、下からキッと睨みあげているリョーマの腕をつかみ、グイと自分の胸元に引き寄せ、耳元でささやいた。

勿論、尾てい骨直下型の決め声(そんな単語があるかどうか分からんが)で。

「俺のモノになりな」

「はあ〜?」

リョーマの肩にかけていたテニスバックがドサリと落ちる。
跡部の声のせいだけではあるまい。

跡部景吾。氷帝学園3年テニス部部長。
テニスの腕はJr選抜に選ばれるなどかなりのもので、青学テニス部部長・手塚国光とタメをはるくらい強い。
実際、先の氷帝戦で跡部は手塚に勝っている。確かに手塚は左腕の故障を抱えていたが、跡部の実力は手塚に勝るとも劣らないものだった。

その跡部が言う。
”俺のモノになれ”と。



練習で疲れて早く帰りたかったところに突然現れ、また突拍子もないことを言われたリョーマの不機嫌度はピークに達していた。

「俺、モノじゃないんだけど?」

「そんなこと見りゃわかるだろ。で、答えは?」

「NO!」

跡部の腕の中にスッポリと収まってしまっていたリョーマは、拒否の言葉を言い放つと、跡部の胸を押して腕の中から逃れる。
そうして跡部から距離をおき、まるで猫が毛を逆立てて威嚇するように睨み付けた跡部の顔には、リョーマが想像していたものとは全く逆の、自信に満ちた余裕の笑みが浮かんでいた。

「NOか。フン、まぁいい。その答えは予想していたことだしな」

「だったら・・・」

さっさと諦めろ・・・と続けようとしたリョーマの言葉を遮り、

「これから俺様の魅力をじっくりと分からせて、俺のモノにしてやるぜ! またな、リョーマ!」

・・・と一方的な宣言し、跡部は現れたときと同様、唐突に去っていった。


「あっ! ちょっと・・・え?」

肩透かしを食らったような跡部の答えに、呆気に取られていたリョーマが正気に戻ったのは、すでに跡部の姿が見えなくなってからのことである。



そんなこんなでアレ以来、跡部景吾は青学に来てはリョーマを口説くようになった。



「・・・また来たの? アンタ」

「何度でも来るさ。お前にYESと言わせるまではな」

「ふ〜ん、ご苦労なことだね。今のうちに諦めたら? そんな事言う日は一生こないから」

「フンッ。分かってねーなぁ、お前。すでに俺達は公認の仲なんだよ! なぁ、樺地?」

「ウス」

「なっ、ナニ言ってんの?! っていうかコイツなんとかしてよ、樺地さん!」


こんなリョーマと跡部の一見不毛なやりとりも、すでに青学テニス部の中では日常と化している。
最初は手塚の真似ではないが、部外者以外立ち入り禁止だ・・・と、レギュラー陣総出で追い返そうとしてみたものの、跡部に全く効果はなく、逆に、下手に間に入ると跡部が物凄い形相で睨みつけてくる(それに何だか後ろの樺地が怖い/菊丸談)ので、「アレには関わらないようにしよう」と青学テニス部内の意見は統一された。

「なんで樺地は”さん”付けで、俺は”コイツ”なんだよ(怒)
 俺にはな。跡部景吾という麗しくも・・・」

「レギュラー集合!!」

「あ、呼んでる。じゃぁね、跡部サン♪」

「おいっ、リョーマッ!! 待て!!」



手塚が左腕の治療にいてしまった今、部活を仕切っているのは部長代理の大石である。
リョーマが大石の声に反応し、すでに集まっているレギュラー達の元へ行くと、早速菊丸が飛びついてきた。

「おっちび〜。大丈夫? 跡部に変なことされなかった??」

「・・・き、菊丸先輩、重いっす・・・」

そんな菊丸を見かねて、不二が間に入る。

「エージ。そんなに寄りかかったら越前が潰れちゃうよ。・・・でも、アッチは大丈夫? 越前」

「ヘーキっす」

「越前、跡部はまだお前のことを諦めないのか?」

乾も心配そうに、長身をかがめてリョーマの顔を覗き込んでいる。

「・・・・・・すんません。何言っても聞かなくてあの人・・・」

「ったっくしょうがねぇなぁ〜。俺が追っ払ってきてやろうか?」

氷帝戦以前からちょっとした因縁のある桃城は、鼻息も荒い。
可愛い後輩に何を! と、最初の頃は跡部に突っ掛かっていったものだ。(すべてキレイにかわされたが)

「いやっ! ・・・いいっす。自分で何とかできますから」

そんな桃城の言葉に慌てた風のリョーマの反応を見て、レギュラー陣は皆、心の中で同じ事を思った。


『嫌だと言いながら、まんざらでもないんじゃないか』


そうなのである。
結局のところリョーマは、口では嫌がりながらもまんざらではない態度を取っているのだ。
おかげで、毎日のように来てはちょっかいを出していく跡部を追い払うこともできず、かといってそのまま放置しておくわけにも・・・と、レギュラー陣は少々悩んでいるのである。
こんな時手塚がいれば一発退場させられるのに、とは大石の言葉だ。
いくら大石が部長代理とはいえ、アノ跡部に対峙するにはまだ荷がかちすぎるようだ。
確かに手塚であれば「部外者は立ち入り禁止!」の決り文句で、跡部を即退場させただろうが。
つまりレギュラー陣の心の中は、
「可愛い後輩をアッサリ持っていかれるのもつまらない。でも、リョーマが悲しむようなことはしたくない」という葛藤が渦巻いており、結論は”ほおっておく”ということになった。

「はいはい! その話はとりあえず置いておいて、次のメニューをやるぞ! エージ、桃城! コートに入れ!」

「ほ〜いホイっ!」

「へ〜い」

リョーマの練習の順番はもうちょっと後である。 ちらっと跡部を見てみれば、なにやらメールを打っていて、コチラには全く気付いていない様子だ。 いつもであれば直ぐに気が付いて、他の者にするような”俺様”な笑い方でなくて、大切な者を見るように、柔らかく、優しく微笑んでくれるのに。

(・・・なんかムカムカする・・・)

「あっ! コラ、越前!」

だんだんムカッ腹がたってきたリョーマは、コートから出て行ってしまった。

「まぁまぁ、大石。行かせてあげなよ」

「エージ・・・。だが・・・」

「心配しすぎると、オチビに嫌われるよ〜」

「うっ!」

『練習は大事だがリョーマに嫌われるのは一大事』な”青学テニス部の母”の心の天秤は、練習よりもリョーマの心情をとったようである。



別に足音を立てないように近づいているわけじゃないのに、跡部はリョーマに気付かない。
リョーマはさっきよりも余計にムカムカしてきた。
先に気付いた樺地が跡部に知らせようとするのを眼で制止して、リョーマはこちらに背を向けている跡部の直ぐ後ろに立った途端、携帯に向かって跡部が叫んだ。

「ハッ、諦めが悪いんだよ、手塚! リョーマは既に俺のモノだっていうのがまだ分かってねーみたいだなっ」

「!」

跡部の口から出てきたのはあのお決まりのフレーズ『リョーマは俺のモノ』であった。
そのフレーズを聞いた瞬間、リョーマの胸のムカムカがスッと消えてしまっのだ。

(え? なんで??)

そこでリョーマは唐突に理解する。

(ウソッ!? 俺、メールの相手に嫉妬してた?)

リョーマの顔はトマトもかくやというほど真っ赤に染まった。
そんなリョーマを見て微笑む樺地と目が合い、咄嗟にリョーマは顔を背けると、跡部に向かって不機嫌な声を出した。



「・・・いつから俺がアンタのモノになったのさ」

「リョーマ!」

バッと勢いよく振り向いた跡部の顔は、満面の笑みで。
それを見たリョーマの胸は、またうるさいほどバクバク鳴り出したのだった。
けれどそれを悟られないよう、顔が赤くならないよう精一杯頑張って、リョーマはあきれた声を出す。

「全く、アンタって人は・・・。でも」

「でも、何だ?」

期待しているような跡部の声に、リョーマは上目遣いにチロッと見上げた。
瞬間、跡部の頬がほんのりと赤く染まるのをリョーマは見逃さなかった。

(ま、たまにはね)
「試合して」

「そんなことでいいのか? なら!」

「で、俺が勝ったら考えてあげてもいいけどね」

素直に喜ぶ跡部がかわいらしく思え、リョーマも自然と笑みがこぼれた。

「なに?! 俺に勝てるとでも思ってるのか、あ〜ん? 樺地! ラケット!!」

まるではしゃぐかのように準備を始める跡部を、ちょっと可愛いなどと思ってしまった事は内緒にして、リョーマは不敵に微笑んだ。

「まだまだだね」

リョーマお決まりのセリフは、口に出したら以外にも甘い響きを持っていて。
跡部に聞こえなかったかと心配したが、跡部は既にコートに立っている。

「ウス」

いつの間に隣にいたのか、樺地がリョーマの背中をポンと押す。

樺地に聞かれたとかと焦ってみても、もう遅く。
リョーマはふぅとため息を吐いて樺地を見上げる。

「まだ内緒にしといてよ?」

「ウス」

いつもと同じ樺地の言葉だけど、柔らかいトーンで返されてリョーマは安心した。

「ありがとう」

樺地なら大丈夫。
なぜだか分からないけれど、リョーマは樺地を信頼していたりする。

リョーマはラケットを握りなおして、跡部の待つコートに向かった。

この気持ちを「恋」と呼ぶのかどうか、決着をつけるのはもう少し先延ばにして。それまでリョーマは駆け引きを楽しむことにする。


「俺もまだまだだだけど、気付かないあんたもまだまだだね」







END

なんだか色々と反省・・・。そうか〜、私ってばこういう文章しかかけなかったんだ。。。

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